金子洋一プロフィール

 私は、経済企画庁やOECDでエコノミストとして勤務してきました。その間、白書の執筆や経済政策のとりまとめなどをしてまいりましたが、平成15年に民主党の理念に共鳴し霞ヶ関の官僚支配に反対すべく、内閣府を退官し、民主党での政治活動を開始しました。
 現在は、参議院議員としての公職と、消費者団体理事長としての仕事を受け持ちつつ、景気の問題、食品安全などの消費者問題、地域の中小企業支援のための金融政策、子育て支援のための給付つき税額控除制度などについて研究しております。

昭和37(1962)年6月28日生
松竹大船撮影所労働組合の委員長から民社党神奈川県議会議員となった父・駿介の長男として、横浜市南区にて生まれる。
昭和50(1975)年3月
横浜市立美しが丘小学校を卒業。
昭和56(1981)年3月
私立聖光学院中学校・高校(横浜市中区)卒業。
在学中は、写真部、英語部に所属。
その後、ジャーナリストを目指して早稲田大学政治経済学部政治学科に入学し2年間在籍するも、国家公務員に志望を変更して、東京大学を再受験し入学。(早稲田大学は自主的に中退。)
平成元(1989)年3月
東京大学経済学部経済学科卒業(根岸隆ゼミ)
在学中は佐藤誠三郎ゼミ(政治学)にも長く在籍。また、作家の児島襄氏に現代史を学ぶ。
弁論部や国際政治研究会などに入り、行政機構研究会を立ち上げた。
平成元(1989)年4月
経済企画庁入庁(現・内閣府)
(国家公務員試験Ⅰ種経済職合格)
平成6(1994)年7月
政府派遣人事院長期在外研究員
(英国・エセックス大学経済学部大学院に経済学研究のため2年間派遣)
平成10(1998)年4月
関東学院大学経済学部(横浜市金沢区)非常勤講師
3年間、専門科目の現代日本経済論担当
平成11(1999)年10月
OECD(経済協力開発機構:在パリ)消費者政策委員会(CCP)副議長(sub-chairman)
OECD電子商取引ガイドライン策定に関わる外交交渉を日本政府を代表して行う
平成13(2001)年7月
7月15日の午前中に入籍、午後には単身で渡仏
OECD科学技術産業局(DSTI)エコノミスト
消費者問題、電子商取引などを担当。OECD越境取引ガイドラインを取りまとめる。
平成15(2003)年9月2日
内閣府大臣官房総務課総括課長補佐を最後に退職。
岡田克也氏、中川正春氏等、民主党三重県連の要請に応じ、退職し、妻の出身地である三重県伊勢市に転居。民主党三重県連副代表及び民主党三重県第5区総支部長として政治活動を開始
三重5区は、伊勢神宮のお膝元である伊勢市から熊野川ぞいの紀和町(現・熊野市)の端まで150キロ以上あり、面積は、神奈川県よりも狭いが、東京都よりわずかに広い。主要な産業は観光業の他は農業、漁業、土木建設業など。保守地盤の強固な選挙区である。
当時は、現職として元官房長官の藤波孝生氏と民主党を除名となった山村健氏の二名がおり、野党分裂というきびしい状況の中、候補予定者として名乗りを上げた。
平成15(2003)年10月
衆議院議員選挙に民主党公認候補として三重5区から立候補。
候補者として決まってから投票日まで約2か月というきわめて短い準備期間にもかかわらず71,937票(惜敗率64.3%)もの支持を獲得したが、残念ながら次点。
平成17(2005)年8月
衆議院議員選挙に民主党公認候補として三重5区からふたたび立候補。83,737票(惜敗率71.1%)獲得。 次点。
郵政解散の逆風の中、前回から惜敗率を約7ポイント、得票では1万2千票伸ばした。
応援してくださった方々には大変申し訳ない敗北であった。しかし、民主党で惜敗率70%以上での落選者59名中、惜敗率が伸びたものは全国に3名のみであり、その中でも7%の伸びというのは最大の伸びであった。普段の政治活動の成果が現れ、次回の選挙に希望が持てる結果であった。
平成18(2006)年6月
前回落選後も引き続き党勢拡大に努めていたものの、最終的に「2回連続して落選した新人候補は次回は公認しない」という民主党の内規に従い、三重県連の役職すべてを完全に退任。
以降、いわゆる天下りなどはせずに自力で求職し、専門学校講師やシンクタンク研究員などを経験。非正規労働者としての苦労を身をもって体験する。
平成20(2008)年10月
生活支援カウンセリング協会理事長
日本で初めて、多重債務者の生活再建を支援する専門職「生活支援カウンセラー」を養成するためのカリキュラム作成と研修事業を実施する。関連する各分野の専門家がメンバーとなっている。
平成21(2009)年4月
青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(MBAプログラム)兼任講師。「マクロデータ分析」を担当。
平成21(2009)年9月
民主党神奈川県連の公募に合格し、10月25日投開票の参議院神奈川選挙区の補欠選挙における民主党の公認候補予定者となる。
平成21(2009)年10月
1,010,175票ものご支持をいただき、参議院議員選挙に勝利、当選。参議院議員となる。
最終学歴
東京大学経済学部経済学科卒業
家族
妻 金子有美    昭和40(1965)年7月15日生

旧姓 森田有美 三重県伊勢市出身

中島小学校、宮川中学校、県立伊勢高校卒業

早稲田大学第一文学部英文学専修卒業

元・日本弁護士連合会事務局勤務

長女

巴恵(ともえ) 平成14(2002)年12月26日生

次女

倭佳(しずか) 平成20(2008)年2月28日生

身長・体重
180センチ、99キロ(公称)
座右の銘
自灯明
尊敬する人物
北條泰時、尾崎行雄、小早川隆景、高橋是清
外国人ではカール・グスタフ・ユング
好きな食べ物
アイスクリーム、うなぎ、寿司

※味つけは濃いめが好き。

趣味
写真撮影

※小学6年の時から一眼レフを使用。初めてのカメラは絞りこみ測光のヤシカFFT(55ミリF1.9)。子どもの発表会の時に300ミリF2.8を持ち出そうとして妻に叱られたことがあります。銀塩時代は京セラコンタックスでしたが、最近はもっぱらαマウント。

パソコンいじり

※19歳の時のポケコンからつきあいはじめ、パソコンは1991年のPC9801DA2から。ウエッブサイトもブログも自分で作成しています。

資格
英検1級、普通自動車免許
嫌いなもの
全体主義

※例えばお隣のあの国とか・・・あてはまる国が多すぎてこまっちゃいますねえ。